草間彌生『無限の網』

 

草間彌生さんの「無限の網」を読んだ。

草間さんの生い立ちや、渡米してからの活動などが、自身の言葉で綴られている。とても読みやすい文体で、すっと入ってきた。

 

草間さんをちょっと紹介してみよう。

 

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草間彌生さん

1929年3月22日、長野県松本市生まれ。

幼い頃から悩まされていた幻覚や幻聴から逃れるために、それらを絵にし始めた。海外への渡航がとんでもなく難しかった時代、古いしきたりや思想に満ちた家族と日本を離れ、自らコネクションを作り28歳(昭和32年)で渡米する。

16年間ニューヨークを拠点に活動。その後、病状悪化のため帰国し、そのまま活動拠点を日本へと移し、現在に至る。

 

作品は、水玉や網目模様を反復して描かれた絵や、合わせ鏡で光やオブジェが無限に広がるように見せるインスタレーションをはじめ、草間さんが幼いころから抱いていたセックスへの恐怖心を克服するため、自己療法として作り始めた男根状のオブジェを用いた立体作品などがある。(他に機械的に作り出される食品への恐怖を克服するための、マカロニの彫刻なども作っっている)無類の南瓜好きで、しばしば南瓜をモチーフにした作品も見られる。

そのほかファッションデザインや、小説の執筆も行う。

 

作品の制作だけではなく、ハプニングと称される過激なパフォーマンスも数多く行なった。例えば、鏡張りの部屋で裸の美男美女(ホモたちが多かった)のパフォーマーが、あるものは抱き合い、あるものはキスをし、しだいに乱交へと発展していく。そして彼らの体に「自己を消滅し、自然に帰る」ために水玉を描いていく。当時はヒッピー旋風で、彼らにも絶大な支持を得た。しだいに教会や美術館、公共機関の前などでゲリラ的に実行するようになり、反戦と平和に対する活動に発展していった。

60年代には「前衛の女王」の異名をとった。

 

これらの草間さんの活動は、海外で絶大な支持と評価を受けた一方、日本ではほとんどがただのスキャンダルとして扱われて非難され、芸術的意味を全く理解されなかった。

 

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この前読んだ修復家の岩井希久子さんの本もそうだったけど、自分を含め、日本人は本当に芸術に対しての理解が乏しいと改めて思い知らさた。

 

もちろん日本には、古き良き伝統や数々の職人の技をはじめ、誇れるものはたくさんある。

外国から見ても、「日本人」と聞いてあまり嫌なイメージを持つ人はいないだろう。世界中の人たちと仕事をしていても、そう思う。

 

でも、今の私たちの社会はどうだろうか。

世界的に見ても芸術の市場規模はとても小さく、「生きるために必要なもの」という認識も少ない。誇っているように見えて、全然大切に扱おうとはしない。

 

わかる人だけが楽しむだけのものになっていたり、芸術の力はとても小さく見積もられている気がする。

 

考えることをせず、見たままですぐに判断して、誰かがなにか言えばそれを鵜呑みにし、流され、思考停止してしまっているような面もある。

 

草間さんの活動だって、表面的にしか見ていなくて、本当の意図を理解しようとしないから

スキャンダルだけが先走ってしまったんだと思う。

大事なのは、深く考えることだと思う。

 

わたしは、思考というのは深く行けば行くほど、だれとでも共感できるはずだと思っている。本当にそうかはわからないけれど、そう信じている。

 

だから容易く理解されるものを作るんじゃなくて、自分自身の強い思いや感覚を必死に掘り下げることができれば、自然と多くの人が理解できるようになるんだと思う。

 

草間さんには、とても共感した。

彼女の作品は、人間の根本の欲や恐怖がとても生き生きと表現されていると思う。

人が無意識に、あるいは無理やり抑えつけようとしている感情を解放しようと働きかけてくれる。

 

海外での長い経験を通しての日本人感や、自然に対する敬意や感動。どこまでも根底を突き詰めていく作品づくりや思想。そして恐怖を克服をしようとする自己療法など、自分の行動姿勢と似たようなものを感じた。

 

だから絵を見てから無性に惹きつけられていたんだと思う。もちろんとてつもない才能を持つ草間さんと「似ている」なんて、

恐れ多くも言えないけれど。。

 

知ることができてよかった。

 

巻末のあたりで、日本社会の現状について改めて嘆いていて、この国で自分の作品がどれだけの人の心を揺さぶれるのかわからないと書いていた。そして、それで悲しい思いをしても、自分を貫いていくしかない、とも。

 

芸術だけでなく、世界で活躍する女性としても、勇気がもらえた。もっと他の作品も読んでみたいと思う。